ナヴォーナ広場


 

ナヴォーナ広場の南西の小さな広場にある「パスクィーノの像」。

この像はそもそも単なるヘレニズム彫刻の残骸だったのですが、1500年代に近所に住んでいた靴直しのパスクィーノが政治への不満を皮肉った文章をたびたびこの像に貼りつけたことから、人々の注目を集めました。
当時は民衆の言論の自由がなかったのです。

やがて多くの人が真似をして、当局への不満のコメントを貼りつけるようになり、この像は張り紙だらけになり、「物言う像、パスクィーノ」と呼ばれるようになりました。この風潮は19世紀まで盛んに行われたそうです。

今でもいくつもの張り紙がされています。なにしろ、イタリア人の筆記体なものですから、なんと書いてあるかわからないものも多いのですが、中には「ミネストローネが食べたい!」なんていうのもあって、内容も昔よりは平和なようです。

   
パスクィーノの像の広場を抜けるとナヴォーナ広場の一番南側に出てきます。

ナヴォーナ広場は南北に細長いアリーナ状の形です。それもそのはず、ここはローマ時代の競技場跡なのです。競技場のコースの周りにどさくさに紛れて人が住み着いてしまい、真ん中が広場として残ったということなのでしょう。

さて、ナヴォーナ広場にはとても有名な噴水が3つあります。南から「ムーア人の噴水」「4大河の噴水」「ネプチューンの噴水」です。

写真右は「ムーア人の噴水」。ベルニーニの下絵を元に完成されました。彫刻のテーマは、イルカと戦うムーア人、です。
「イルカと戦ってどうするんだ」と思うのですが、当時はイルカやクジラは野蛮な獣ぐらいに思われていたのでしょう。

   

これは「ネプチューンの噴水」。1878年に完成しました。周囲のとても良い雰囲気が皆様に伝わるでしょうか。
ここはローマの市民生活の中心だった場所です。今でも子供たちが遊び回ったり、老人がひなたぼっこをしていたりと、普段の生活をさりげなくかいま見させてくれます。管理人が一番な好きな広場はここです。
昔のローマの詩にも「ナヴォーナ広場の前には、サン・ピエトロ広場もスペイン広場も顔色なし。」とあるくらいここは人々から愛され、誇りにされてきた場所なのです。
   

広場に面して建つサンタニエーゼ・イン・アゴーネ教会とその前の「4大河の噴水」のオベリスク。

この教会はもともとの設計が管理人の崇拝するボッロミーニです。「教会のファサードがちょっと後ろに湾曲している辺りがやはり彼の設計らしいなあ」と思うのですが、これは敷地の関係でこうせざるを得なかったという説も。

この教会には13歳で殉教した聖アニエーゼの全身の遺骨が納められています。骸骨をみるととても小さく13歳には思えない。手のひらに乗りそうです。

教会の前にはベルニーニの造った「4大河の噴水」があります。

   

ナヴォーナ広場では12月の初めから1月の主顕節まで「ベファーナ市」が開かれます。写真のように屋台がぎっしり軒を並べ、ぬいぐるみやおもちゃ、アクセサリー、お菓子などを売ります。この時期は昼よりも夜広場を訪れる方が楽しいかもしれません。移動式の回転木馬まで設置されてお祭り気分いっぱいです。
   
サンタニエーゼ教会の前にあるベルニーニの代表作、「4大河の噴水」の彫像です。オベリスクの周りにナイル、ガンジス、ダニューブ(ドナウ)、ラプラタの4つの大河をあらわす彫像がポーズを取ります。

ナイルの彫像は当時河の源流が不明だったため、目隠しをされています。
ベルニーニはこういう芝居がかった舞台装置っぽいものを造るのはとても上手です。
現代ならば、芸術家というよりテーマパークのプランナーと呼んだ方がぴったりするかも知れません。

   
ナヴォーナ広場は管理人もローマの人達も大好きな場所です。ただ少し歩かなければたどり着けないのが、観光客には唯一の難点でしょう。(今回は近くに泊まっていたからすぐ行けたけど。)

この広場をこれ以上何といって称賛したらよいかちょっと良い言葉が出てきませんので先ほどの詩のつづきを載せることにします。
「それは広場じゃない。田舎であり、劇場であり、お祭りであり、そして喜びだ」

ところで、お菓子の「ナボナ」ってここのこと?

   

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